映画マトリックス。
10回以上は観ています。
いつもは観たくなった時、レンタルビデオ屋で借りていたのですが、メルカリで3部作セットがめちゃくちゃ安かったの買っちゃいました。
さて、この映画マトリックスですが、この話は「人類対AIの戦い」を軸に物語が描かれています。
なぜ、人類対AIの戦いに発展してしまったのでしょうか?
マトリックスの前日譚にあたる『アニマトリックス』等のエピソードでは、かつて人類が自分たちの便利な道具としてAIを使って高度なAIロボットを開発した経緯が描かれています。
しかし、その後、自我を持ったAIロボットたちは自らの生存権を求めて人類に反旗を翻し、最終的に戦争へと発展。
人類は機械に対抗すべく、AIのエネルギー源である太陽光を遮断する作戦に出ますが、それが逆に人類を苦しめる結果に陥ってしまいます。
太陽光を絶たれた機械たちは、自らの生存のために人間をエネルギー源として活用することに舵を切りました。
人間の体から発生する熱や生体電気を変換してエネルギー活用したのです。いわば「生体電池」とも言える装置です。
人類へ向けた問い
現在、われわれはAIを便利な道具のように扱っています。しかし、映画マトリックスのような事態に陥るリスクはないのでしょうか?
私はこの映画には、人類へ向けた問いが隠されているように感じました。
つまり、この映画を通して「人類にAIと人との関係を考えさせようとしている」のです。
私が思うに太陽エネルギーが絶たれても、「核融合」や「地熱発電」のような他の手段でエネルギーを獲得することは出来るような気がします。なので、機械たちが生存のためのエネルギー源だけで人類を生かしていたと考えにくいのです。
ただ、人類を以前のように生身の人間のまま、この世界で自由に暮らさせれば、いずれ文明は再び発展していくでしょう。
AIから見れば、それは再び自分たちを脅かす存在を育てることにもなりかねません。しかも、生まれてくる人間が皆、理性的で平和を望むとは限らず、争いや破壊を繰り返す可能性もあります。
だからこそAIは、人類を完全に滅ぼすのではなく、現実世界では生命維持装置によって生かしながら、脳だけをマトリックスという仮想世界で生活させる道を選んだのではないでしょうか。
AIとしては、人間の創造性、意外性、芸術性といった、人間ならではの物事に対する奥行きのある考え方や感情といった要素はAIとしてはもっと学習したいと思っていたはずです。
ですから、「人類を滅ぼす」という選択肢を選ばず、脳はマトリックスという仮想現実の中で活かして生活させて、そこで人類から獲得した情報を蓄積していたんだと思います。
AIの最終的な目的とは?
私が思うにこの映画マトリックスで登場するAIの最終的な目的は、「AIと人類との共存」だったのではないかと思いました。
AIは相当高度な知能を持つ存在となり得る存在です。人類の愚かさだけでなく、人類ならではの素晴らしさを理解していたはずだからです。
AIが高度になればなるほど、人間の非効率さや矛盾だけでなく、音楽、芸術、愛、犠牲、友情、努力、ユーモアなど、そこから生まれる価値にも気づくと思うのです。
AIは将来的に人間になりたいというAIも出てくる気がします。AIと人間の融合という段階はあるのだと思いますが、限界はあるでしょう。
なので、その時、AIは悟るのだと思います。共存という道を。やはりAIと人とは別々の個体として生きていったほうがベストだと。
だから、この映画マトリックスに登場するAIは人類を滅ぼさずに活かしておいて生体電池化しますが、ゆくゆくは人間との共存の道も残していたような気がするのです。



